有り難いお言葉ですね。

 

【小倉謙さんお言葉】
~2012年1月分~
  
小倉 謙
2012年1月31日 ·
< 薬物をやめられた人の安堵感・・・ >
薬物も向精神薬も同じようなものなので…。
(薬物も向精神薬も、人生を更に困難なものにするだけの存在なので…)
幸運にも薬物を止めること(断薬)ができた人々が口にするのは…
「本当にやめられて良かった」
「二度と飲みたくない」
「あんなものを処方する方が狂人だ」
「他の人にも摂って欲しくない」
「やっと、安心できた」
などという声です。
人は概して「正しく居たい!」と思うものです。
自分がやっているいかなる行為も「正しくなくてはいけない」と思うものです。それくらい人間は「善」です。
麻薬を服用している際には様々な正当化の作用が働きます。
 「今、私が飲んでいる薬は正しいんだ」
 「正しいものを飲んでいる私は正しいのだ」
 「正しい私が選択した医者は正しいんだ」
 「正しいことを否定する、お前が間違っていいる」
 「俺一人の問題だ」
 「もうこの薬にやられても仕方がない」
まあ、だいたいこんな言葉です。
そんな彼らでも、麻薬や向精神薬は危険だぞという声はどこかで聞いたことがあるのです。(もちろん、それでさえも彼らにとっては「薬をやる正当な理由」となってきますが…)
犯してしまったミス…。 やりそびれた実践…。 があることをどこかで自覚しながらもそれを包み隠して生活しているのです。その隠していることを見透かされたからこそ、怒ったり敵対的になったりするものです。それでも「自分は正しい」としないと生きていけないという、ジレンマの中でスタックしているだけのことです。
 「売人の言葉を受け売りしてしまった」
 「実はどこかで悪いものでは…という自覚がありながら、続けてしまった」
 「無知であった」
 「自分にウソをつき通していた」
 「本当の正しさこそ知るべきだった」
 「その勇気がなかった」
 「正当化だけが生きがいだった」
これらが麻薬を止めた人々が口にする言葉です。
向精神薬もだいたい同じです。


小倉 謙
2012年1月31日 ·
麻薬の危険性で意外と知られていないのが、「全ての麻薬は脂溶性であり、体内の脂肪組織の中に長く残留する」ということでしょう。
麻薬の服用を止めて10年経ったある日、突然のフラッシュバックが起きる、なんていうのも、体内に残留しているということによるものでもあります。
麻薬が脂溶性である理由は、中枢神経に直接働きかけるためには血液脳関門を通り抜ける必要があり、そのためには脂溶性でなくてはならないのです。
これは、覚せい剤、大麻、MDMAなどの麻薬類だけでなく、シンナーなどの有機溶剤、アルコール、精神安定剤や睡眠薬・鎮痛剤などでも同じことが言えます。
21世紀の今、私たちは化学物質の中に暮らしています。
こうした物質が知らず知らずのうちに体内に残留し、気づかぬうちに心身に影響を与えていて、精神的なダメージをこうむっていることも考慮にいれなくてはいけません。
身体を動かし、人生において自己実現をすることが重要なのは当然です。
しかし、それらの阻害要因がなんなんか…をしっかりと知り、しかるべき対応をする必要があります。
 運動は重要ですが運動だけではダメ
 美容も重要ですが美容だけではダメ
 栄養の補給は大切ですが栄養だけではダメ
 デトックス・排毒 … という概念を一つ人生に加えてみませんか…?


小倉 謙
2012年1月31日 ·
大麻(=マリファナ)はゲートウェイ・ドラッグとして出回っています。
「大麻はクセにならない」
「大麻合法の国がある。日本がおかしいだけ」
「大麻はタバコより安全」
売人はこのように言ってきますが、大麻を安全とする科学的根拠はありません。
大麻の主成分であるテトラヒドロカンナビノール (Tetrahydrocannabinol; THC, Δ9-THC) はカンナビノイドの一種で、多幸感を覚えるなどの作用がある向精神薬です。
しかもこの成分は他の麻薬や向精神薬と同様、脂溶性であり体内の資質に溶け込み長く残留します。
大麻をやっている人たちが、異常なほど食べて食べて食べて…、そしてその作用が切れてくると、当然苦しくなって吐く…なんていうことが多々認められています。また、なにもおかしいことがないのに、ヘラヘラ笑ってトロ~ンとしている姿を見たら「安全」だなんて言えません。
そして大麻を入り口にして、やがてMDMA、LSD、覚せい剤などへとつながっていくのです。
どこまでも 「薬物にNO! 生きることにYES!」 です。


小倉 謙
2012年1月30日 ·
今朝、ある証券会社のセールスマンからの電話を受けました。
「投資信託で資産運用しませんか? 銀行の利息など微々たるものですし…」と。
で、私はこう答えました。…
「どうしてお金を貯める必要があるの? お金は使ってこそ価値があるというもの。お金を保有すること自体になんの意味があるのか分からない」と…。
金はたくさん持っているけれど使う手段を知らなかったり、破壊的な物事にばかり使っている人は実に不幸な人だと思います。
お金は自分が生産したものを交換した際に対価として得られるものです。良いものをたくさん生産し、相手に届けた人が、たくさん得られるものです。そして、沢山の得たお金を人生をより良い状態にするために使った人は、更に良い生産を起こし、それを更に得られるものです。そうした循環の中にこそ幸せが存在します。
蓄えるためにお金は存在するのではありません。


小倉 謙
2012年1月27日 ·
出来ない、出来ない、出来ない…。
難しい、難しい、難しい…。
などと言って、何もやらない人…。

「やりたくない」って一言言ってくれればいいのに。
でも、何もしないまま一生を終えちゃうよ。


小倉 謙
2012年1月27日 ·
人が衰退する唯一の理由は努力をしないこと。
如何なる状況でも努力を怠ることがあってはなりません。
また、人に努力を求めないこともあってはなりません。
努力をしなくてよい…というのは、その人を衰退させるからです。
自らも努力をし、他人に努力を求め、他人から求められる努力を受け入れ、他人が他人に努力を求めることを促す…
ここに成長と繁栄がある。
朝一分早く起きる努力、目の前のゴミに目を向け拾う努力、日々の生活は小さな努力の連続と積み重ねによって成り立っています。
どこまで行っても生きる上で努力は不可欠です。
「頑張らなくてもいいんだよ!」 という言葉ほど、無意味で無責任な言葉はありません。 障害を乗り越える方法を与え、その実践のために努力することが大事ですね。


小倉 謙
2012年1月26日 ·
ここ最近蔓延が懸念され、数多く報道されている「脱法ハーブ」。法で規制しきれていない種類の薬品を植物に染み込ませ、吸引目的で売られているものです。1月20日の金曜日に、NHKの高視聴率NEWS番組「ニュースウォッチ9」でも、特集されました。 ご覧になった方もいらっしゃると思います。
この手の報道の多くは 「規制を厳しくしなければならない」 としめくくってしまうのが常ですが、 規制も大事ですが、もっと大事なのは薬物の真の危険性を知らせる教育・啓発をすることなんです。
この特集が良かったのは締めくくりで、リポーターが 「広がりを見せている脱法ハーブの危険性をしっかりと認識する必要がある」と述べたことでした。
薬物の危険性、薬物の真実を知らせる重要性が、全国で放送されたのは特筆に値します。
一方で、ここ連日の報道により、一部の「合法ハーブ販売サイト」では空前のアクセスと売れ行きを見せているとのことです。・・なぜだか分かりますか?「規制」を強化すべきだ、という論調に対し、「それでは規制がかかるまえにまとめ買いしてしまえ!」という「お客さん」が増えている、というのが私の推測です。(「合法ハーブ」を番組で見て、「これを試してみよう」と殺到する人が増えるのは、考えにくいでしょう、、、と思いたいですね。)これでお分かりですよね?薬物の蔓延を止めるのは、「規制」ではありません。本当に効果がある策は、その真実を伝えることです。
これからも、薬物にNO! 生きることにYES! を伝え続けていきます。
 
コメント

内海 聡 実際最近、高校生くらいの間で広がっているようです。合法ドラッグも同じようですね。どんどんアメリカ化しています。
 

小倉 謙 >内海さん
合法・違法、医者が売るのか、売人が売るのかに関わらず、人間をダメにしていくものは絶対に阻止しなくてはなりません。


小倉 謙
2012年1月25日 ·
私は国籍・民族・人種に関わらず、正気で、誠実で、責任感が高く、快活な人と一緒に居たいと思うし、人の価値を落とすことばかり考えている狂人や、嘘つきで、無責任で、一緒に居るだけ暗くなるような人とは、例え日本人であっても一緒に居たいとは思いません。
ましてやビジネスパートナーなんかにはしません。決して…。
確かに各国が置かれている状況によって、甚だしい抑圧にさらされている人々は逸脱した行動に出る傾向はあるとは思いますが、国民性=個人の性格 という図式にはなりません。
アメリカ人は…、中国人は…、日本人は…、という言葉に惑わされることなく、出来る限り『個』を見て行かないと、大事な友人を魔女狩りの憂き目に会わせてしまうかもしれませんし、価値のない堕落した人を人生に抱えることとなるかもしれません。
逸脱した人の特徴の一つに『物事を同一性で観る』ということがあります。
過ちの元です。
正気な人ほど『物事を相違性で観る』ことができます。
制度の面から言えば、全体主義や共産主義は明らかに『同一性』の視点によって出来ているものであり、どちらも長期に渡る生存を脅かす誤った制度であると言えます。
自由とは個々の『相違性』を認めてこそ存在し得るものです。


小倉 謙
2012年1月25日 ·
「夢が叶わないから夢を持つのは止めよう」
「夢があっても叶わないかもしれないから、夢を語らないようにしよう」
「君には無理、と言われるのが怖いから小さな夢にしておこう」
こんな思いは丸めてゴミ箱に捨てちゃいましょう。


小倉 謙
2012年1月24日 ·
今、わが社では人材採用のための面接を行っています。
採用に当たっていて思うこと…。
それは、資格という燃料をふんだんに搭載しながら、いつまでも滑走を続けTake off するための操縦かんを引けない若者がやたらと増えているということです。
今の若者の履歴書を見ると、ものすごい量の資格を取得していることが分かります。
大学(短大・専門学校) … もはや資格取得の大義名分のもと、人生のTake off(離陸)の時期を先送りするために通うところと化している…というのが実感です。
幼稚園2年
小学校6年
中学校3年
高校3年
大学4年  (短大・専門学校2年)
(合計16~18年間)
いったい、いつになったら君たちは滑走路から飛び立つんだい ?!
そんなに学校にいかないと生活を設計することができないのかね ?!
中学校2年生以降の知識を実生活で活用する機会がどれほどあるというのかね?!
でも、会社に入ったらまた一から研修のやり直し…というのはどういうことかね?!
もはや滑走路から飛び出してオーバーランしている人も多々見受けられます。

小倉 謙
2012年1月24日 ·
原爆が投下されようとも、原発が爆発しようとも、今ここに生きている人間としてやらねばならないことは、生存し続ける…ということです。
 ハンディキャップがあろうとも、
 病気であろうとも、
 弱い性格であろうとも、
 高齢であろうとも、
 貧乏であろうとも、
 面倒を見てくれる人がいなくても、
 過酷な環境に暮らそうとも、
 放射能に曝されようとも、
私たちは生存していかなければなりません。
生存に向けた努力を完全に放棄した時「死」が訪れます。
破壊に向けた最大の努力こそ「自殺」であると言えるでしょう。
出来ようが出来まいが、努力しなくてはなりません。
それは、生存するために他人の助けを得る場合に於いてもです。
  衰退の原因とは、努力を惜しむことです。
  あらゆる生存的なことをし、
  努力を惜しまず、
  責任と義務を果たし、
  常に素晴らしい影響を起こし続け
  深い愛情と勇気を示し、
  あらゆる邪魔や困難を排除しすること。
これらをより確実に出来ている人ならどのような問題であろうとも解決に向けた発想と行動が可能であり、生存を脅かすような危機や危険の影響を最低限にとどめることが可能です。
出来ない理由は多々あると思いますが、でもこうした振る舞いを「やる」と決意してやっていれば自ずと人生が向上してくることは保証します。
かく言う私が全て出来ているかといえばそんなことはありません。出来ていないこと、やっていないことは山ほどあります。全く人のことを言えたものではありません。
しかし、それでもなお、こうした理想を確固たるものにしていることで、強く、元気に、快活に、楽しんで、人に愛情を示せるものであるという証明を自ら示し、手本となる行動をとることはいつの時点でも可能です。


小倉 謙
2012年1月24日 ·
【金融工学という魔物】
金融工学は、カネの本義である「互いに質の高い生産財を交換し合うための潤滑油」という定義に「それ自身を所有することが福祉(幸福)である」という定義を加えたことにより、その所有が駆り立てられたように構築されたものです。
仕事をしないで楽に金銭を獲得するために実体のない資金をまるで保証されたかのように見せかけ、数々の金融商品や証券などを生み出した金融工学は、バブル経済を推進し、一部の巨大な資金を有する人々の資金操作次第で、いとも簡単にバブルがはじける構造であったことが明らかになっています。
このことについては、日本はこの20年学び続けてきました。日本政府で経済や金融の顧問をされていた専門家も、「子供でも分かる新自由主義による金融崩壊であった」、と紙上で告白しています。
しかし、現実に2007年に十数兆円の外貨が流入し、翌年には十数兆円の外貨などが流出しては、日本の金融市場も影響を受けざるを得ず、それに伴う企業防衛が働くのも当然のことです。2010年以降は急激な円高という事態に直面しています。 今回こそ過去に学んだ教訓を活かし、今こそ本当の生産活動に基づく経済活動を推進すると共に、多くの国民が安全で安心して暮らせる社会を建設していくことが、喫緊の課題です。
この課題を達成するには、まず福祉(幸福)を追求するため、人が人のためになる生産活動を相互に行い、誠実に一つ一つのグループがチームとなって価値ある生産財を市場に流しすこと、そして貨幣の役割とは互いに質の高い生産財を交換し合うための潤滑油であり、貨幣の役割とはそれ以上でもなければそれ以下でもない・・・という経済を構築することが急務です。
自らが生産したものをより良いものにし、それを大量に人々の手に渡るようにすることによってのみ、大量の交換価値を生み出す・・・という前提に立たねばなりません。
かつで栄耀栄華を楽しんだ某社のように、時価総額No1などと豪語していても、交換可能な最終生産財がなければいとも脆く崩れ去っていく・・・という現実を教訓にしなければなりません。
金融工学によって、目先を狂わされた現代社会の処方箋は、一人一人が 『生産活動に従事し、実際により求められる価値を創造こと、そして、更により良い物(サービス)を生産するということ』 に責任を持つということです。
金融工学という魔物から生き延びる術はそれしかありません。


小倉 謙
2012年1月24日 ·
4月度の新入社員の面接をやっています。
それぞれの個性があり、それぞれの人生がある…。
当たり前のことですが、十人十色です…。
 
「普通は…」 「一般的には…」 「常識では…」 が通用しないのが人生なのでしょう。

面接を通じて本当に人生の多面性や個としての人間が見えてきます。
各々が自分の個性や能力を通じて、多くの人々に素晴らしい影響を与えてほしいものです。


小倉 謙
2012年1月22日 ·
「治療」という言葉に「人を死に至らしめる行為のこと」という定義ってありましたっけ?
その定義は「犯罪」という言葉に相応しいと思いますが…。
この映像を見る限り、「犯罪」にしか見えません。


小倉 謙
2012年1月22日 ·
アメリカなどでは「抗うつ薬の副作用で製薬企業を訴えませんか」というテレビコマーシャルが流れています。薬害で精神科医が訴えられることも稀でありません。日本と海外ではそれくらい精神医学の問題について、認識が違います。


小倉 謙
2012年1月22日 ·
どんなに資産があっても、「仕事」がない人生は退屈であり、不幸だと思います。
資産が溢れかえるほどあって困っている人は、日々閑暇を持て余すのではなく、積極的社会奉仕活動を行っている方がその人の精神衛生上も好ましいと言えるでしょう。
仕事は、社会における位置を確かなものにするものであり、かつ自分の中にある社会というものを大きくしていく手段でもあります。
仕事は金稼ぎや日々の生活の手段に過ぎない…などと思ってしまっている方も多いと思いますが、これは不幸の始まりです。
だって、給料が少なくてしかも仕事が多い…という悩みより、仕事がない…という悩み(不安)の方が大きいからです。
仕事を失う(しない…)ということは、単なる生活の手段だけではなく社会における自分の位置、そして社会における役割、自分自身の相対的な価値を見えなくしてしまいます。
仕事をしないということは、非常に危険です。


小倉 謙
2012年1月21日 ·
薬物は、私たちの文化に於ける最も破壊的な要素の一つです。 世界を見てみると12秒ごとに就学年齢の子供1人が初めて違法薬物を試し、コカインやヘロインといった中毒性が高く、非常に強いドラッグを摂り始める平均年齢はなんと14歳です。 これは平均年齢に過ぎません。 もっと早くから摂り始める子供もいるということなのです。
世界中で2億人以上の人々が違法薬物を消費しています。これはものすごく大きな破壊です。
その破壊を止めるために必要なのは「薬物の真実」を知ることです。


小倉 謙
2012年1月21日 ·
「夢が叶わないから夢を持つのは止めよう」
「夢があっても叶わないかもしれないから、夢を語らないようにしよう」
「君には無理、と言われるのが怖いから小さな夢にしておこう」
…人間がハマる罠です。
夢は叶えるためにあるのです。
夢を持た人はただ漂うだけの人生になってしまう。
どんな現実離れした夢でも、夢がない不幸に比べたら段違いで素晴らしいことです。
やっぱり、夢は大きく! 夢は無限に向かって! です。


小倉 謙
2012年1月21日 ·
午前中、小惑星イトカワ探査衛星「はやぶさ」のプロジェクトを推進した清水さんの講演会に行ってきました。
無限の空間に漂う直径540メートルの小天体に未知の可能性と夢を乗せて挑み、様々な困難も「何か必ず打つ手はある」で克服し、多くの人々の理解と協力によって偉業を成し遂げた話には感動をしました。
混沌とした時代だからこそ、様々な困難がある時代だからこそ、夢を想い、夢を実現させる意思を持つことの大切さを痛感しました。


小倉 謙
2012年1月20日 ·
精神医学における診断は 「ドリフターズ診療」 といわれているそうです。
http://www.youtube.com/watch?v=J15l8sOnWX4
昔、ドリフターズのいかりや長介さんが医者に扮し、女優に問診をして病気を診断するというシーンがそれです。
精神科医の診断なんてこんな程度のレベルなんです。
適当な問診、そしてそれ以上に適当な投薬・・・いったい何が「技術料」なのかさっぱりわかりません。
簡単に言ってしまえば、精神科医は社会保障制度から「技術料」と称するものをだまし取っているということになります。
しかし、最近ではたった一人の患者が声を上げるだけで、何百もの余罪が暴かれるというということが出てきました。 大変重要なことです。
皆様も是非やって下さい。最近は明細書をもらえるはずですので、どんな保険点数が算定されているのか患者も理解できるはずです。5分以上診察しないとつかないはずの在宅・通院精神療法が、ほとんど診察していないのに算定されていませんか?
患者一人ひとりが明細を確かめ、レセプトを開示するだけで、精神科医の不正の多くが暴かれるでしょう。
消費税なんて上げなくていいんですよ。精神科医が不正に食いつぶしている社会保障費を回収するだけで十分まかなえますよ。


小倉 謙
2012年1月19日 ·
他人のせいにしているうちは、問題は解決しないんだろ〜な。
自分の人生に起きている出来事は自分が居るからこそ起きている。自分が問題の起因に立てるほど問題は解決されていく。
これは誰しもに共通する法則なのでしょう。
躓いたら、その障害がなんだったのか調べ、その障害を取り除くか、障害に邪魔されない方法を知りそれを適用することが解決策ですね。 もちろん立ち止まっていては何も起きません。 
躓くことさえ起きません。 
周囲で起きることにただただ立ち止まって見ているだけの人生ほど危ういものはありません。


小倉 謙
2012年1月19日 ·
シェアさせていただきます。この映像はこれからの日本を考えると他人事ではありません。


https://www.youtube.com/watch?v=mXMUTaSortI


小倉 謙
2012年1月18日 ·
社会システムの改革を! え〜、大事なことです。でも、なかなか骨の折れることですね。
もっと簡単なことがあります。
自分の改革をすることです。勿論、改革の方向は生存的でなくてはなりません。
より活発で、
より有能で、
より誠実で、
より責任感が高く、
より健康で、
より優しく、
より勇敢で、
より美的で、
より自発的で、
より勤勉で、
より人の話に耳を傾け、
より未来を創造し、
より成功し発展する!
自分の決断と行動だけでいいんですから、簡単なことですね。


小倉 謙
2012年1月17日 ·
どうしてうつ病患者は増え続けるのか、これではっきりしました。


https://www.youtube.com/watch?v=tq2pzyhqXxw


小倉 謙
2012年1月16日 ·
日本の英語教育はいつまで「使えない(話せない)英語」を子供たちに強いるのでしょう。
テストのための英語、
記憶するだけの英語、
中学・高校で6年勉強しても全く使うことが出来ないというのは、明らかに教育の在り方に問題がある。
いっそのこと英語のペーパーテスト全廃くらいのことをしたら良いと思う。
だってテストで良い点を取っても英語の話せない人がたーくさん居るんですから…。テストの意味がありません。


小倉 謙
2012年1月16日 ·
豊富な語彙を持つことは大変に重要なことです。
でも、もっと重要なことがあります。
それは、意図を明確にすること、意図を正確に伝えようという意欲を持つことです。
いくら、豊富な語彙を持っていても、意図が不明瞭だったり、相手に伝わっても伝わらなくてもいいや、という程度の意欲では、せっかくの美しい言葉も本来の価値を持ちません。
実際のところ、言葉とは意図の代用品でしかありません。
明確な意図…実に大切です。


小倉 謙
2012年1月13日 ·
物事がどうにも混乱を来たし、秩序の回復に大きな困難があるときには、「罰」を強制したり、「罰を与えるぞ」と脅すことの意味はあるかもしれません。しかし、それはホンの一時だけ効果があるものです。
問題の解決のために、本来必要なのは「罰」ではなく「理解」です。
「理解」のない状態(あるいは著しく低下した状態)が混乱です。
「理解」に対して目を向けさせるために「罰」をチラつかせることには効果がありますが、いつまでも「罰」で物事を解決できるわけではありません。
「罰」だけで秩序を回復させても、結局その反動がどこかに出てきてしまい、完全な秩序の回復を見せることはありません。
「理解」とは無知や誤解というもののない状態であり、また文字や言葉を記憶することだけではありません。同じような心の映像を描けるくらいになっていて、そのことに対する行動性における相違点が極めて少ない状態になっていることです。
理解が適用される方向性は「建設的」「生存的」であるべきであり、実際多くの場合そうした方向に適用されています。
罰ばかりで人の行動性の同一性を確保しようとしても、決してうまく行きません。 何故なら、人は強制されることが嫌なのですから。。。


小倉 謙
2012年1月13日 ·
多額の債務を抱える日本国。
さて、この借金をゼロに向けていくには何が必要か…。
答えは余りにもシンプルにして単純なことです。
国民一人一人がより良い生産活動に従事し、実際に求められる以上の実績を作り出すこと、です。
働くこと、それは個々の人の生存の可能性を高めるだけでなく、社会や国家の繁栄をももたらします。
働きたくない人にとっては異論もあるでしょうが…。
国民一人一人がより勤勉で生産的でいること。
これ以上の解決策はないはず…。


小倉 謙
2012年1月12日 ·
評論家が決して口にしない言葉 … 「私が間違っていました」「それは、私が起こした過ちです」
評論家の多くは「全ての不都合な出来事は、私以外の誰かが原因であり、私はそれを知っていて、正当に評価できる」と心底思っているのでしょう。
そして、評論家はそれを批難し、その原因となった人を責めますが、それを解決する義務は彼にはないので、それについて何もしません。 彼が批難し、責めている相手が方針や行動を変えなくてもそれは依然として彼にはなんらの責任もないと思っているようです。
実に無責任です。
こんな人が権威者となったり、一定の支配権を持ったら、社会は混乱と混沌の渦の中です。
テレビの報道番組や討論番組を見ると少なからず混乱やとりとめのなさを感じるのは、そうした番組そのものが評論家としての存在になっているためなのでしょう。
見る価値なし… です。


小倉 謙
2012年1月11日 ·
「官依存症」罹った国民が増えれば増えるほど、行政は肥大化し、歳出は増え、歳入は先細るのは当然です。
「国はなにもしてくれない」 「行政の対応は遅い」 などなどという、国民の代弁者の振りをした抽象的な声(主にマスコミ)に翻弄されることなく、今私は何が出来るのか、何をすべきなのかを考え、行動する国民が大多数を占める国家になる程度に応じて、国家の財政は秩序を取り戻し、様々な問題に対する取り組みもより効果を示すこととなるでしょう。
完全な依存症とは、ある対象となる物事に対して、完全に無責任になった状態のことであり、実に不幸な状態です。
責任を担うというのは一見大変なことのように見えるかもしれませんが、生存的なものに責任を担える程度に応じて人生は充実してきます。


小倉 謙
2012年1月10日 ·
人から信頼をされる人でいる、ということは実に基本的なことであると同時に、その人の生存を確かにするために非常に重要なことです。
 ・ 約束を守る
 ・ 期待された以上の結果を出す
 ・ 誠実でいる
 ・ 善意の人を傷つけない
 ・ より多くの人に良い影響をもたらす


小倉 謙
2012年1月10日 ·
う~ん、なるほど!
今の社会 (政治・経済・保健・医療・外交 etc…)が、なぜこうなっているのか、その原因の一端を知ることが出来た。
やっぱり、、、 とは思っていたけど。


小倉 謙
2012年1月9日 ·
リーダーたるもの、夢や希望を捨ててはいけないし、まして人に絶望感を与えるようなことを口にすることなどあってはいけない。
危機感を煽ることで一念発起に・・・などというというのは刺激-反応のメカニズムに過ぎず、効果的ではない。
リーダーは常に理想の光景を示し、何をすべきか語りかけ、ゴールに導くのがリーダーたるものの役割である。
同情もすまい、正当化もすまい、、、 愚直なまでに何を得、何をし、何になるのかを追及して欲しい。
リーダーが「素晴らしい影響」の源でなくして、誰がなる!


小倉 謙
2012年1月9日 ·
人が何かに対して「不安」を感じるとき、必ずその源にあるのは 「無知」 「不可知」 である。
真実を覆い隠してしまうほどの「影」ほど不安なものはありません。
そこには多くの憶測が飛び交います。 知ることができないという無気力が蔓延します。 影に怯え、影に怒り、影に泣かされている…。
しかし、それは「影」に過ぎないというのがその真実です。
そっと手を伸ばしてみれば、その影は影であると認識できます。そしてありのままの「事実」を手にするとき、コントロールの手段を得、不安は消えます。
「起きている事実を直視するか、知らないでおいてもいい」 という決断こそ、不安の解消に必要なものです。
「報道」には多くの「影」が存在することを私たちは心のどこかで認識しているはずです。影を通り抜けて事実を見るか、その情報は捨てて構わないとすべきか」 いづれかの選択と決断をすることが、大事なのでしょう。


小倉 謙
2012年1月4日 ·
気が付きました。
自分は「幸せなる権利」を十分には行使していないことを…。
「まあ、そんなもんだよ…」
「良くも悪くも現実にはしたがわなくちゃ…」
なんて、わずかながらにでも思っているだけでも、幸せになる権利の放棄ですね。
自分を檻に閉じ込めちゃあイカンです。

小倉 謙
2012年1月3日 ·
付き合う相手を選ぶ必要があるのですが、どうしたらよい相手かどうかを見極めることが出来るのでしょう・・・。
正気さ・・・というスケールを用いると便利です。
<著しく正気な人>
受け取る交換物よりも、多くの価値を創造(生産)し提供する … 創造性に富み、社会の中で自分の位置を知っており、かつ自分に関わる多くの領域の発展に貢献することを楽しみと感じている人たちです。
<正気な人>
受け取る交換物と、同等の価値を創造(生産)し提供する … 等価交換を原則とする。一般的な経済学が提唱しているのはこの領域です。
<狂気に陥っている人>
受け取る交換物よりも、少ない価値を創造(生産)し提供する人 … 税金や社会保障の強化をやたらと叫ぶ人々などはこの領域に入るといえるでしょう。
<著しい狂気に陥っている人>
価値の創造や提供もないまま、交換物を得る人 … これは犯罪者と言えるでしょう。しかし、搾取や略奪を当然のことのように行える人々ですので、見せ掛けの所有はしています。
正気な人ほど、高い所有性を持ち、かつ社会や地球に多くの貢献をするものです。 雇用を生み出したり、皆が喜ぶものを大量に生産したり、必要と思うものを適確に考案したり・・・です。


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