愛情の対義語は何でしょうか?

「愛情」の対義語はなんだと思いますか?「憎しみ」と答える方がほとんどでしょう。
マザーテレサは「愛情」の対義語は「無関心」と答えました。
i320[1]

無関心と他人事が目立つ昨今ですが、社会や政治への無関心から我が子や配偶者などの「人」への無関心も顕著になってきているようです。「自分には関係がないから」という行動は無責任なだけでなく、本人でさえも無関心の対象となります。

そもそも、なぜ無関心なのでしょうか。
「無関心」を選択し、物事に関わらないことでそのものへの責任を回避し、痛みや苦痛から逃れる自己防衛反応が過剰に出ている気がします。つまり「無関心」な人は苦痛やストレスに弱く、安定を求めることへの究極の選択なのかもしれません。もしくは自分の無力さに諦めてしまった結果なのでしょうか。

しかし、関心を持たないということ自体が大きな暴力であり、自分も環境もマイナスへと向かいます。
関心が失われたところに広がる茫漠は人の生きるエネルギーをどこまでも吸い込んでいきます。
「無関心」の果てには「絶望」しか残りません。

内海聡先生曰く「私たちが考えなくてはいけないのは、すべての物事は必然性があり、自分たちの問題は病気であれ社会であれすべて自分たちが産み出したものであり、日本の状況は市民の無関心から来ていることを自覚することである」まさしくズバリです。
まずは何でもいいから興味を示すことです。 そして行動することです。
何をすればいいのか分からなければ、30日の勉強会に参加してみてください。聞いているだけでOKです。患者さんでなくてもウェルカムです。
4月の勉強会は
30日5時からです。当院の待合室にて
「癌患者の共通習慣」をお話させていただきます。

 

 


コメントを残す