「助ける」ということ

小倉譲先生の投稿です。
世間では助けてもらいたい人がほとんどで、助けられる人が極端に少ないような気がします。
また、助けても行動を起こしてくれないので、こちらが疲弊してしまうことがほとんどです。
また、無条件に助けるのは何の意味も持ちません。
魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えてあげるべきです。
それでも行動につなげない人はほっときましょう。
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「万人を分け隔てなく助ける」 これは理想です。

しかし、目の前に100人の人が居て、皆が助けを求めている状況の中で、もし「こちらは一人しかいない」という場合には、その理想を達成するのは不可能です。しかし、残念ながら現代はほぼそういう状況になりつつあります。

では、どうしたらそうした人々を助けることができるでしょうか?

「助けられると思う人から助ける」のです。「ぶっちゃけこの人は無理」と思ったら後回しにするのです。

少々の助けを行えばその人は助かり、更に少々の教育を与えれば助ける側に回ってくれる… そういう人を助けていくのが王道です。そうやって助ける側をたくさん作ってから、困難なケースへと向かっていかなければなりません。

今にも死にそうだったり、助けても助けても助けに答えないという「困難なケース」を助けるのは本当に大きなたいへんなことです。そうした人々を助けるには膨大なエネルギーや時間が必要となります。そうした人々にわずかな力で取り組んでいるうちに、ちょっと助ければ助けられた人とたちがどんどん墜ちてきて、気が付いてみると辺り一面「困難なケース」となってしまっていることになります。そしてその人は助けに失敗し、挫折をし、自分も助けられる側へと墜ちていきます。

これは個人として取り組む場合でも、社会として取り組む場合でも同じなのです。

助ける人がたくさんいるからこそ助けられる人々が助かるのです。
「助ける」 この人間の最も根本的な衝動を無に帰すような間違いをそのままにしてはいけません。


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