与え合えば、求め合う必要はない

雲黒斎さんの本の一文です。
共感する文章です。
世の中クレクレ君が多くなり、与えると言う行為をする人が極端に少なくなっています。
自分さえ良ければという「個」が大事にされている世の中なのかな~
よく、ドラマでお母さんが子供に「あなたのためを思って言ってんのよ!」とか「あなたが幸せになればお母さんはどうでもいいの」とかよく聞くセリフですけど、これも愛のないセリフですね~。
子供を利用した自己愛の強い人のセリフでしょう。子供を自分の欲求のツールとしか考えていないんでしょうね。
子供は環境が選べないので大変です。
クワバラクワバラ・・・
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求めあうのが「恋」。与えあうのが「愛」。
相手に何かを望むのは「恋」。何も望まないのが「愛」。
愛と恋はまったくの別物、似て非なるものだ。

愛を望めば、愛が足りない現実ができる。だから、恋は儚い。
愛は、相手に何も望まない。自分から与えるのみ。だから、永遠。

まわりを愛することができる人間は、まわりから愛される。
もっと自分を愛してくれと渇望している人間は、ますます謙遜される。

愛されることを望むなら、自分から愛することだ。
与え合えば、求めあう必要はない。

誰かに「愛を求める」なんて、「愛」を「愛」と知らずにいる大バカ者のすることだ。
ギブ・アンド・テイクも、結局は「取引」でしかない。
相手に何かを望んでいるうちは本当の愛とは呼べない。読んで字のごとく、
どこかに「下心」があるうちは、「恋」なんだ。
「求める愛」など存在しない。「愛」とは、あくまで与えるものだ。

「妻は、もっと僕の事を愛するべきだ」などと考えているかぎり、おまえは愛が何であるかを、見失ったままとなるだろう。

 


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