死生観

おはようございます。9月12(月)です。
月曜日のブログカレンダーはフリーです。

今日は死生観についてお話します。
死生観は、その人の人生での責任感と使命感の反映だと考えます。
更に言うと、あなたの子供や孫や社会にまで影響を与えることになります。
だからこそ、死生観は軽々しく考えてほしくはないのです。
「人生は一度きり」という考えと「人生は永遠であり、今の人生は二度と訪れないが次の人生へ反映される」という考え方では責任感と使命感が違ってきます。

私は輪廻を信じています。
今の人生で出会った大切な人とは、次の新しい人生でも何らかの形で出会うと信じています。
だから今日一日を大切に過ごすように心がけています。


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小倉謙
ガンで亡くなられた方を送りました。

亡骸に接するたびに、やはり、抗がん剤は決して使うまいと思わされます。

人はガンで死ぬ…。
まあそれもあるでしょうが、毛は抜け落ち、骨と皮だけの最期に至るのは抗がん剤の影響でしょう。


人が抗がん剤や必要のない延命治療を受け入れたり、正当化するのには死生観が大きく関わっています。

死生観についてはその人なりの考えがあるとは思いますが、死というものを余りにも悲劇と捉えたり、「完全な終焉」などと捉えると、死は恐ろしくそして受け 入れ難いものになります。

そのため、もはや耐用限度を通り越してしまった身体であってもそれに固執し、無用な治療を引き入れることに繋がってしまいます。

まだまだ使える身体ならその耐用期限いっぱいいっぱいまで、それを全うする責任はどこまで行ってもあります。

私は、死=次の人生への始まり と捉えています。

もちろんこの身体、この名前、この人生で築いた地位、財産など… 様々手放さなければならないものはありますが、それらは単に所有していたものやシンボルに過ぎません。

この人生で出来たことなのですから、次の人生でも もっと上手に築けます。

私は人生から人生へと渡り歩きます。
つまり、私にとっては死とは人生と人生の間…という感じです。

さて次の身体は「どこの子」としようかな?

私は正気で有能で私を大切にしてくれる人を親として選びます。
そう、今の両親のような!

そんな死生観の私ですから、抗がん剤などを引き入れないのは当然です。
もちろん向精神薬も!


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